〜旅立ち〜

「あれが怪獣島かな？」
　船の窓から見える多くなる人工島をみて、中之口 史華 (ナカノクチ フミカ) は呟いた。
　座席で足をぶらぶらさせつつ、史華はリュックサックからポータブルＤＶＤプレイヤーと映画ＤＶＤを取り出す。
　１０歳の誕生日、曽祖父からもらった大切なもの。
　イヤホンを耳にさし、窓からＤＶＤプレイヤーのディスプレイに顔を向けた。
　ＲＯＭを入れて、起動。

『みんなで食べよう丸干しイワシ〜強いぞ速いぞカルシウムマン〜♪』

　子供たちの合唱で楽しげなメロディが流れ出す。
　それを見ながら史華はポリっと『非常食』のイワシパックを食べる。
「うぇ、ちょっと苦いよぉ」
　顔をしかめるも、苦味を牛乳で飲み込んだ。
　そして、流れる少年特撮ムービーをじっと眺めながら、史華は感じていた。
（どうして、こういういい子なのに……みんなに迷惑かけるのかな？）
　
　みんな。
　銀幕市でカルシウムマンが暴れて被害をうけた人。
　今、怪獣島で戦おうとしている人。

「私が何とかしなきゃ……そうだよね？　ももこ」
　自分の隣で眠るバッキーをそっと撫でて、史華は決意した。
　カルシウムマンを助けると……。


〜出会い〜

　史華が乗っていたものとは別の船に乗り、一人の少年が怪獣島へ先に到着していた。
「ここが怪獣島か……へへっ、大暴れできそうだぜ」
　満面の笑みを浮かべ、鼻の下を指でこすると、船から下りて密林へと駆け出していく。
　そこは日本とは違う異質な世界。
　奇妙な人食い植物やら、巨大な昆虫がうようよしている。
　そして、倒すべき怪獣も……。
　少年は怪獣をみつけると、ポケットからビン牛乳を取り出し、ふたを開けた。
　左手を腰に当て、右手を上げて牛乳を飲みながら叫ぶ。
「カルシウム２０００ｍｍｇ！　チェンジ、カルシウムマァァァァン！」
　すると、少年の体が乳白色に輝き、巨大化していく。
　見る見る密林の木々を越え、怪獣と背丈がそろう。
「カァァルッ！」
　ビシィンとポーズをとる乳白色の巨人。
　ところどころイワシをデフォルメした模様が描かれている。
　そう、彼こそがカルシウムマンその人だった。
　カルシウムマンが動く、草を食べる怪獣へ問答無用のドロップキックが炸裂した。
　ドシャァアと倒れこみ、密林の木々が倒される。
「うわぁぁ、木がっ」
「逃げろ〜〜」
　倒れてくる木に巻き込まれないように、潜入していた人々は逃げ出す。
　だが、その小さな声はカルシウムマンには届かない。
「カァァルッ！」
　倒れこんだ怪獣にまたがり、チョップ、パンチを浴びせるカルシウムマン。
　その姿は。
　ヒーローではない。
　誰の目にも、そう映っていた。
「キヤァァァッ！」
　怪獣が悲痛の声を上げる。
　最後の攻撃と思い、カルシウムマンは怪獣から離れ、攻撃態勢をとりだす。
　そのときだ。

『みんなで食べよう丸干しイワシ〜強いぞ速いぞカルシウムマン〜♪』

『真っ白なミルクは正義の心〜、強くて、やさしいカルシウムマン〜♪』

　アカペラで音が多少ずれつつ、どこか懐かしいリズムをした歌が砂浜のほうから聞こえだした。
　カルシウムマンの耳にも届く、大きく、はっきりした声で……。
「カル？」
　カルシウムマンがそちらを向く。
　そこには巨大なホタテ貝の中に少女が立っていた。
　足元にはＤＶＤプレイヤー。
　衣服はパンツルックにＴシャツ。
　肩には桃色のバッキー。
　髪は茶色で、ツーテイルに結わえてある。
　そして、何より少女の瞳はカルシウムマンをじっと見つめる。
「カルシウムマァァァン、もうやめてぇぇぇぇぇ！！」
　少女。史華は叫んだ。自分よりも遥かに大きい巨人に向かって……。
　
〜話し合い〜

　カルシウムマンは怪獣と戦うことをやめ、ズシンズシンという足音と共に史華のほうへやってくる。
　遠目で見ても大きかったものがさらに大きく、威圧的になってくる。
　ももこが史華にひっついてくる。
「大丈夫、大丈夫だから……」
　そういう史華の声も震えていた。
　今回は誰も史華と共に依頼に参加してくれるものはいなかった。
　史華一人で、この仕事をしなければならない。
　誰の背も見れない。
　だから、相手を目を直接見る。
　そして、話す。
　自分にはムービースターのような力もない。
　大人のような頭もない。
　男の子にある勇気もない。
　だから、心で相手をする。
　それが史華の答えだった。
「どうして、暴れるの？」
　開いたホタテ貝が拡声器の効果を持ち、カルシウムマンへ伝える。
　返事はテレパシーできた。
『銀幕市で、悪いやつを倒そうとしても皆に、邪魔だって言われていた……変身しなきゃ力なんてないのに』
「でも、ここで暴れても解決にならないよっ！」
『お前に何がわかるんだっ！』
　ドシンと地団駄を踏む、島全体がぐわぁっと揺れた。
　史華はバランスを崩してこけるも、立ち上がる。
「わかんないよ、けれど……島を押し戻すとか巨大な人じゃなきゃできないことだってあるよ！　ね？　それまで一緒に応援しようよ」
　カルシウムマンの動きが止まる。
　だが、それも一瞬だった。
『人と違うということがわからないお前に、俺の気持ちなんて……』
　振り向き、怪獣の方へ向かおうとする
「わかるよっ！　私だって、この髪……家族は皆黒いのに私だけ茶色いんだよ」
　ゆるくウェーブのついたツーテイルを右手でもってみせる。
「近所の人からも、別の子じゃないかっていわれたこともある……私自身ちょっといやだよ」
　顔を下に向けて、目を伏せ、思いを巡らすも、顔を上げてカルシウムマンを見る。
「でも、私は私。嫌なところも好きなところも全部で『私』なんだからっ！」
　カルシウムマンは史華の言葉をじっと聞いていた。
「ね、いろいろあるかもしれないけれど……踊って全部忘れちゃおうよ！　ももこ、あの曲お願い！」
　ももこは「ぱお」と鳴くとＤＶＤプレイヤーにＲＯＭをいえた。
　そこから流れ出したのは軽快なダンスミュージック。
　リズムを足でとって、史華は踊りだした。
「ほら、カルシウムマンも踊ろうよ」
　パンパンと手拍子をうったり、くるっとまわってぴょんと跳んだりと楽しそうに踊る。
　それにつられてか、ホタテ貝から流れる曲に惹かれてか。
　どんどんと人が集まり、一緒に踊りだす。
　ちょっとしたダンスイベントが開かれてた。　
　そのにぎやかさに、カルシウムマンも折れて、踊りだす。
　怪獣までも踊りだす。
　小動物から人間、怪獣までも巻き込む一大イベントは夕方、日が沈みだすときまで続いた……。

〜仲良し〜

「ああ、ひさしぶりに全力でうごいたぁ」
　人間の姿に戻ったカルシウムマンが砂浜で大の字に寝転んだ。
「私も、へとへとだよ」
　史華は汗をタオルで拭きながらバイオリンケースを片手に近づく。
「えっと、ほねぶとさんだっけ？」
「ホネブトじゃない、コッタだ。鰯　骨太（イワシコッタ）。お前は？」
　カルシウムマンこと、骨太は、はぁはぁと息をきらしながら史華を見上げた。
「私は中之口 史華だよ。同い年くらいかな？」
「１０才なら一緒だぜ」
　起き上がって骨太は砂をバンバンとはたいた。
「じゃあ、一緒だね。そうだ、この出会いを記念に一曲ひくね」
　史華はバイオリンを出して、構える。
　二、三度試しに引き、音を整えて一呼吸。
　キイキキィ〜と、はずれ気味のカルシウムマンのテーマがバイオリンから流れ出す。
「ヘッタクソだなぁ」
「そ、それをいわないでよっ」
　けらけらと笑いながら骨太に突っ込まれた史華は顔を真っ赤にする。
　それでも最後まで演奏を続ける。
　骨太もそれを止めようとしない。
　小波の中、はずれはずれのバイオリンの音色が怪獣島に響き渡っていった。